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東京地方裁判所 昭和48年(ワ)6132号 判決

原告 大正土地建物株式会社

被告 川端清次郎

主文

原告の請求はいずれも棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

(第一次請求)

1 被告は原告に対し、金一〇五万円及びこれに対する昭和四八年八月二五日から支払ずみまで年六分の割合による金員を支払え。

2 訴訟費用は被告の負担とする。

3 仮執行宣言

(第二次請求)

1 被告は原告に対し、金八〇万円及びこれに対する昭和四八年八月二五日から支払ずみまで年六分の割合による金員を支払え。

2 第一次請求の趣旨2、3と同旨

二  請求の趣旨に対する答弁

主文と同旨

第二当事者の主張

一  請求原因

1  原告は、不動産の売買賃貸及びその仲介斡旋等を主たる営業目的とする株式会社である。

2  原告は、昭和四八年二月一六日、被告から、訴外吉岡代志及び同永田貞子(以下「訴外人ら」という。)の所有にかかる別紙物件目録記載の不動産(以下「本件不動産」という。)を代金三五〇〇万円で買受けるについてその仲介(媒介)の依頼を受けてこれを承諾し、その際被告との間で、右売買成立の仲介に関する報酬を売買代金額の三パーセント、その支払時期を売買契約締結時に半額、履行完了時に残額とする旨の合意が成立した。

3  そこで、原告は、訴外人らから、被告の買受希望価額により本件不動産を被告に売渡すことにつき訴外人らの同意を得て、右代金額による本件不動産の売買契約書案(甲第二号証)を作成し、昭和四八年二月二六日ころ、被告に手交した。

4  ところが、被告は、右段階に至つて急に前言を翻し、代金額を右三五〇〇万円から一五〇万円だけ値引するように要求しはじめ、他方、訴外人らが右値引に応じなかつたため、右売買契約は不成立となつた。

5  以上の事実関係に基づき、原告は被告に対し、まず択一的に、被告の債務不履行を理由とする損害賠償または右仲介委託契約に基づく報酬の支払を、これらと予備的に仲介委託契約に基づく割合的報酬の支払を求める。

(一) 訴外人らと被告との間で売買契約が成立するに至らなかつたのは、被告が前記仲介委託契約に基づいて原告に対して負担した、原告の仲介により訴外人らが本件不動産を代金三五〇〇万円で被告に売渡すことを承諾したときは、被告は、これに応じて、訴外人らとの間で右代金額により売買契約を締結しなければならないという債務を故意に履行しなかつたからにほかならず、原告は、被告の右債務不履行により、代金三五〇〇万円の三パーセントにあたる一〇五万円の報酬を被告から得られなかつたことによる同額の損害を被つた。

よつて、原告は、被告に対し、右損害賠償金一〇五万円及び右損害金債務は原、被告間の商行為から生じた債務であるからこれに対する本件訴状送達日の翌日である昭和四八年八月二五日から支払ずみまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払を求める。

(二) つぎに、被告は、前記仲介委託契約に基づき、原告の仲介によつて本件不動産の売買契約が締結された場合には原告に対し報酬を支払うべき義務を負担していたにもかかわらず、故意に右売買契約の成立を妨げたのであり、これは、報酬請求権の発生すべき条件を故意に妨げたことにほかならないから民法一三〇条により右条件が成就したものとみなすべく、被告は、原告に対し、右三五〇〇万円の三パーセントにあたる一〇五万円の報酬の支払義務を負担したものというべきである。

よつて、(一)の請求と選択的に、原告は、被告に対し、右報酬金一〇五万円及び前同様、右債務は商行為から生じた債務であるからこれに対する本件訴状送達日の翌日である昭和四八年八月二五日から支払ずみまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払を求める。

(三) かりに(一)、(二)の請求が理由がないとしても、前記仲介委託契約は一種の準委任契約であるところ、原告が右契約の趣旨に基づき、売主である訴外人らと交渉して被告の希望する代金額による売渡について承諾を取りつけ、売買契約書を準備するなど約旨に従つて自己の義務を九分どおり履行していたにもかかわらず、原告の責に帰すべからざる事由により履行の半途において終了したのであるから、原告は、民法六五六条及び六四八条三項により、既になし終えていた履行の割合に応じて、少なくとも八〇万円の報酬を請求する権利がある。

よつて、原告は、(一)及び(二)の各請求に対する予備的請求として、被告に対し、右報酬金八〇万円及び前同様商事債務として、これに対する本件訴状送達日の翌日である昭和四八年八月二五日から支払ずみまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因事実1は認める。

2  同2のうち、被告が本件不動産を三五〇〇万円で買受けるものとして原告に仲介を依頼したことは否認するが、その余の事実は認める。

3  同3のうち、被告が、原告主張のころ、原告から、売買契約書案の交付を受けたことは認めるが、その余の事実は不知。

4  同4のうち、被告が本件不動産の代金額を三五〇〇万円から一五〇万円だけ値引するように要求したこと及び本件売買契約が不成立となつたことはいずれも認めるが、その余の事実は否認する。

5  同5はいずれも争う。

第三証拠〈省略〉

理由

一  請求原因1の事実は、当事者間に争いがない。

二  同2については、原告が昭和四八年二月一六日に被告から訴外吉岡代志及び同永田貞子の所有にかかる本件不動産の買受方の依頼を受けて承諾し、その際被告との間で右売買成立の仲介に関する報酬を売買価格の三パーセントとする旨の合意をしたことは、当事者間に争いがなく、成立に争いのない甲第一号証、証人岩渕正雄の証言、被告本人尋問の結果及び弁論の全趣旨によれば、原告は、昭和四七年九月ころ、訴外人らから本件不動産の売却方の仲介依頼を受けていたが、同年一〇月初めころ、被告が買受けを希望してきたところから、原告の従業員岩渕正雄と被告とがその条件、主としてその代金額について交渉を重ね、同四八年二月頃には三五〇〇万円という額で折合がつく見込になつたため、被告もまた原告に対し、仲介依頼書(甲第一号証)を作成して右代金額による仲介を委託し、前示の報酬額について合意をするに至つたことが認められ、これに反する証拠はない。

三  同3については、証人岩渕正雄の証言により真正に成立したものと認められる甲第二号証及び証人岩渕正雄の証言によれば、原告は、前示のように被告との間で売買代金額についての折合がついたところから、引きつづいて右代金額による売却について訴外人らの同意を得たうえ、右代金額による売買契約書案(甲第二号証)を作成したことが認められ、原告が昭和四八年二月二六日ころ右書面を手交したことは、当事者間に争いがない。

四  同4については、右書面交付後、被告が本件不動産の代金額を三五〇〇万円から一五〇万円だけ値引するように要求するに至つたこと及び本件売買契約が結局不成立に終つたことは、当事者間に争いがない。

ところで、売買契約が不成立に至つた事情について、成立に争いのない乙第三号証、被告本人尋問の結果によりいずれも真正に成立したものと認められる乙第一号証、第二号証、第四号証、第五号証の一、二及び第六号証、証人岩渕正雄の証言、被告本人尋問の結果並びに弁論の全趣旨を総合すると、被告と前記岩渕との間の本件不動産売買に関する交渉は、前示の昭和四七年一〇月ころから、被告が原告に対して仲介依頼書を差入れた同四八年二月一六日ころまでの間、約一〇回にわたつて行なわれたのであるが、三回目の同四七年一一月ころから、被告は、原告に対し、買受資金の一部は三井銀行か日本長期信用銀行から融資を受けてこれにあてる旨を告げていたこと、また、原告には告げなかつたが、被告は、銀行から一四〇〇万円の融資を受けるつもりでいたところから、同四八年二月下旬岩渕から売買契約書案の交付を受けた後、まず、三井銀行に右一四〇〇万円の融資を申込んだところ、翌三月二日になつて、予期に反して一一〇〇万円しか融資を受けられないことが判つたため、やむをえず原告会社の前記岩渕に対し、本件不動産の買受価格の値引方を申入れたが、訴外人らの反対にあつて承諾を得られなかつたこと、そこで、被告は、同月五日、あらためて、日本長期信用銀行に対し、右一四〇〇万円の融資を申込んだところ、同行からは二回に分けてでなければ貸すことはできないといわれ、その旨を岩渕に話して了解を求めたが、同人が納得しなかつたため、物別れとなり、同行からの融資の話もまとまらず、結局、被告が予定していた銀行からの融資を受けられなかつたことが原因となつて、本件売買契約を価格三五〇〇万円で成立させることができなかつたことを認めることができ、これに反する証拠はない。

五  そこで、本訴各請求の当否について判断する。

1  債務不履行を理由とする損害賠償請求について

宅地建物取引業者に対し、不動産売買の媒介を依頼した者は、業者が目的物件の紹介をした場合でも、これにつき媒介される契約を締結すべき義務を負担するものではなく、契約を締結するか否かの自由を有するものと解すべきである。そして、さきに確定した事実関係のもとにおいては、本件においてこれを別異に解すべき事情はなく、他に被告が原告に対し、原告主張の売買契約を締結すべき債務を負担したと認めるに足りる特段の証拠はない。

してみれば、被告が原告に対し右の債務を負担したことを前提とし、その債務不履行を理由とする本件損害賠償請求はその余の点につき判断を加えるまでもなく、失当というべきである。

2  民法一三〇条を根拠とする報酬請求について

不動産売買等の依頼を受けた宅地建物取引業者が仲介の努力をしている間に、その依頼者が媒介の相手方との間の直接交渉により売買等の契約を成立させた場合に、民法一三〇条の法理を援用して業者に報酬請求権を認めることがあるのは、前示のように業者の媒介によつて契約が成立した場合にのみ業者は報酬請求権を取得し、契約が成立しない以上、報酬請求権は発生しないと解すべきなのであるが、仲介依頼を受けた業者にとつては、売買等の契約の締結自体を媒介することが仲介行為として重要であることはもちろんながら、その前提たる依頼者の希望する物件を探知しこれを紹介して契約締結に至らしめる機会を与えることも重要な行為であるから、かかる業者の尽力が機縁となり、業者を排除して、直接当事者間に契約が締結された場合に右の報酬請求権発生についての解釈論をそのまま適用するのが事案の解決として適当でないところから、報酬請求権の発生が売買契約の成立を要件とするのを法律行為の付款としての停止条件と同視し、依頼者が右条件の成就を故意に妨害し、条件の成就によつて受けるべき報酬支払義務という不利益を免れようとしたものとして、業者の仲介により売買等の契約が成立した場合と同じく、業者に報酬請求権を与えようとするものである。

右のように、民法一三〇条の法理を援用しうるためには、仲介の目的となつた物件について依頼者と相手方との間で売買契約が成立した事実を必要とし、ただその契約が業者の媒介によつたと認められないという場合でなければならないと解するのが相当である。このことは、そもそも売買契約が成立しなければ、報酬支払義務が発生することがないのであるから、依頼者には民法一三〇条が予定する、免れるべき不利益がないという点に徴して明らかであつて、契約が成立しない場合には前示の原則を適用していつこうに妨げないのである。

しかるに、本件においては、原告は、目的物件について売買契約が成立しなかつたことを前提として民法一三〇条の法理の適用を求めるのであるから、その理由のないことは明らかである。

3  民法六四八条三項に基づく報酬請求について

宅地建物取引業者に対する仲介委託契約が一種の準委任契約であると解されていることは所論のとおりである。しかしながら、仲介委託契約は、通常の準委任契約が継続的な事務の処理を内容とする継続的債権関係であるのと異なり、媒介による売買等の契約の成立を終局の目的とする、いわば一時的な債権関係であつて、右の意味における一回的な給付を目的とするものであるから、委任がその半途において終了した場合における割合的報酬請求権を定めた民法六四八条三項の規定は、その性質上適用をみないものと解するのが相当である。

従つて、本件の如く、仲介委託契約に基づき仲介業者が売買契約成立につき努力したが、結局売買契約が不成立に終わり、仲介も徒労に帰した場合には、たとえ仲介の不成功が仲介業者の責に帰すべからざる事由に基づくものであつたとしても、業者は、他に特約ないし商慣習のないかぎり、当然には、仲介による努力の割合に応じた報酬を請求することはできないと解すべきである。してみれば、民法六四八条三項に基づく原告の報酬請求もまた失当である。

六  以上のとおり、原告の被告に対する本訴各請求はいずれも理由がないからすべてこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 吉井直昭)

別紙 物件目録〈省略〉

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